2009年06月17日

やられたらやり返せ!

寸子はやられたらやりかえせ、言われたら言い返せ!と教えています。
売られたケンカは買え!

いじめは連鎖すると書きました。
この「やられたらやり返せ、言われたら言い返えせ!」
と教えたのは、
無抵抗でいたり、言い返さずに黙っていると、相手が罵倒を吐く回数も、何もしていないのにいきなり暴力やいたずらをする回数も段々とつき上がってエスカレートしてくるからです。
いじめっ子の特徴は、自分よりも弱そうに見える、また弱い子を狙ってきます。
決して自分よりも強そうな、自分には敵いそうにない相手にはしません。
そして、この相手が自分よりも強いか弱いかを見極める力は、どんな子供でも2歳児の段階で既に身についています。

寸子は小さな子供がよく
「次郎君がなんにもしていないのにブッタ〜!」
という話を聞くと、何もしていないのにブッタはありえない。
子供の「なにもしていない」とは
「今は自分はぶっていない」という意味だと大人の勝手な解釈をしていましたが、そうではなく、実際にあります。
何もしていないどころか、だいたい仲間はずれやいじめに遭っているわけで、会話すらもしていないのです。
学校の廊下や下校時に歩いている後ろからいきなり蹴って逃げたり、頭を叩いて隠れたりするわけです。

それで、このような事をされても、黙ったり、じっと耐えたりすると、こういうガキ等は調子にのって更にエスカレートしてきます。
手口も高度になります。
だから、殴られたら殴り返せと教えました。

ただ、子供に条件は出しました。
必ず素手ですること。
足で蹴るという行為や物を使って殴る事はしてはならない。
女の子や自分よりも年下はいけない。

しかし、はっきり言いますが、子供にはこのように一応は言っておりましたが、寸子の腹の中では、時と度合いによっては例え相手が女子であろうが、小さな赤ちゃんなら別ですが、幼稚園も年長くらいならOKでした。
ただ、その時の自分と相手の子の年齢差で手加減は必要ですが。
なぜならば、今は小学3年生の女子でも自分の担任に蹴りを入れたり、クラスの悪ガキ男子を仕切って集団暴行の支持を出す子もいるのです。
このような子に女もヘチマもないのですよ。
年長児クラスでもOKと思っていたのは、現実に息子が近所のガキ等にいじめに遭っていた時、相手は幼稚園に入園前から小学校の低学年のガキ達で、今は幼稚園児でも癖が悪いガキは本当に悪いのです。

息子には言っていました。
「もしも相手の子に運悪くケガを負わす事になっても心配しなくていい、最初に手を出してきたのがオマエの方でなく、
最初に言われなき理由で罵倒を吐いたのも相手の方なら、例え相手の親が乗り込んできたとしても、その時は望むところ。ママが決着つけてやるから、安心して殴り返せ!そのかわり素手だけは忘れるな。」


だいたい小学生の子供の素手の力なんて知れていますよ。
特に息子はケンカは弱いですから。
相手に大きな負傷を負わさないためにも、
ケンカする時にもルールと、物に頼らず、自分の力だけを頼りにやる事を教えるためにも、
だから「素手」でが条件でした。


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「子ども」

批判ばかりされた子どもは、非難することをおぼえる
殴られて大きくなった子どもは、力にたよることをおぼえる
笑いものにされた子どもは、ものを言わずにいることをおぼえる
皮肉にさらされた子どもは、鈍い良心のもちぬしとなる

しかし、激励をうけた子どもは、自信をおぼえる
寛容にであった子どもは、忍耐をおぼえる
賞賛をうけた子どもは、評価することをおぼえる
フェアプレーを経験した子どもは、公正をおぼえる
友情を知る子どもは、親切をおぼえる
安心を経験した子どもは、信頼をおぼえる
可愛がられ抱きしめられた子どもは
世界中の愛情を感じとることをおぼえる

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2006年に皇太子さまが、ご自身の誕生日に愛子様を思って朗読された本があります。
読者さんの中にもご存知な方はいらっしゃると思いますが。
アメリカの教育学者 ドロシー博士(ドロシー・ロー・ホルト)の書かれた詩だそうです。
その朗読された本は「あなた自身の社会」スウェーデンの中学教科書からの引用です。 

寸子はこの詩をプリントアウトして自分の手帳に挟んでいます。
自分の勝手でイライラして子供に当たり散らす日が続いた時は、反省の意味で時々この詩を読み返しています。
まあ、読んでいる矢先から子供を叱り付けている時が多いですが。

「やられたらやり返せ」とは絶対に教えるべきではないと、中途半端な教育者や口先だけの正論ばかりたれる親がよく言いますが、
じゃ、殴られても殴られてもずっと我慢して殴られっぱなしでいる事が正義ですか?
言われなき理由で、ずっと罵倒され、言葉の暴力を受けても言い返さずにじっと黙っている事が最良ですか?

このような弱い子ばかりを狙ってくるようなガキが、
「やめて!」と言ったくらいで素直にやめるはずないのです。

この詩の始めから4列までをもう一度よく読んでみて下さい。

批判ばかりされた子どもは、非難することをおぼえる
殴られて大きくなった子どもは、力にたよることをおぼえる
笑いものにされた子どもは、ものを言わずにいることをおぼえる
皮肉にさらされた子どもは、鈍い良心のもちぬしとなる

この詩は、親が子供を育てる時の心構えを言っているわけですが、いじめによってこうならない為にも、

批判ばかりされて、非難することをおぼえる前に
殴られて大きくなって、力にたよることをおぼえる前に
笑いものにされて、ものを言わずにいることをおぼえてしまう前に
皮肉にさらされ、鈍い良心のもちぬしとなる前に

調子に乗って好き勝手にいつでもやりたい放題、言いたい放題されるようになる前に

ここでも、芽は早いうちに潰すのです。

そして、「このやられたらやりかえし、言われたら言い返す」の場数を踏んでいくと、中学生くらいなった時には、
やられ返す、言い返すに値する程の内容か、相手なのかを自分で見極める目と力がついてきます。
そして、値しないヤツと判断したら、さら〜っと相手をかわす(無視)事が出来るようになります。

補足です。
寸子が書いている内容は、子供が3歳から小学校を卒業する迄の、ですから子供の年齢も低かったわけですが、読者さんのお子様は、中学生や高校生も多いのではと思います。
それで、この中学生くらいを対象にですが、もしご参考になればと思いまして。
これは寸子の経験です。

寸子はいじめに遭った事はありません。
まあ、男女問わず、相手の方は一生懸命に寸子をいじめているつもりなんですが、今日書いた、やられたら必ずやり返し、言われたら間髪入れずに言い返していましたので、逆に相手の方が次に返す言葉がすぐ見つからず諦めて去っていくわけです。
それで、この「言い返す」にも技(ワザ)があるんですよ。
今書いたように、ダラダラお互いに何度も言い合いのキャッチボールでなくて、一発で決める事がコツなんです。

寸子が中学生の時は大阪に住んでいました。
凄く古いトイレも共同のアパートでした。
ある1人の男子に「ボロ屋に住んでいる」と何かにつけて言われていたんです。
実際に寸子もそれを言われる時だけは何所かに消え去りたい思いでした。
そしていつもクラスの皆がいる時にわざと言うんです。
その日もやはり教室で、皆の前で言ったので、こうやって言い返したんです。
「確かにボロ屋に住んでいるけど、私はアンタみたいに新聞配達なんてさせられていないわよ。」って。
この男子生徒は夕刊ですが新聞配達をしていました。
なので部活動もしていませんでした。
両親は健在でしたが、生活保護を受けていたようです。
それ以来、ピタリと言わなくなりました。

ポイントは
相手が一番触れられてほしくない事をズバリと言葉短めに言うのです
一番意味のない言葉は「バカ、アホ」です。
男子の場合なら、背が低ければ「チビ」
女子の場合なら、太っていたら「ブス」ではなく「肥満デブ」
もしも歯を矯正していてワイヤーをはめていたら、その事でも良いのでは?
寸子のように家庭の事を言われたので家庭の事で返しても良いのでは?
遠慮する事はありません。
言っていい事、悪い事など関係ありません。
今まで散々相手から言われたのですから。

相手がグーの音も出ないような、一番つかれたら嫌な事を一発で決める事です。
いいですか、キーワードは「一発で決める」です。
ご参考までに。

ブログの左サイドバーに「寸子の教育論」というカテゴリがあります。
それらも含めてお読みいただければと思います。
寸子の経験が少しでも、1人でもお役に立てればと、それだけを願っております。

posted by 寸子(スンコ) at 06:27| Comment(0) | いじめ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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